教育支援 blog

NPO法人教育支援三アイの会 木内 昭公式ブログ

遠い思い出 11


教師として福田中学校へ勤務していた年の暮れに旧制の東京高等学校を休学していた私に担任の松浦嘉一教授から封書がきた。教育改革で教育制度が変わる。現在の官立大学が新生大学になり旧制の高等学校は廃止になることになった。来年は今の高校に来て卒業し新生大学に行くようにという気遣いの文面であった。松浦嘉一先生は、夏目漱石の門弟で作家久米浩の著書破船にも出てくる人である。休日に松浦先生宅

 

を訪れ4月から3年に復学することをお願いした。1年間の中学校での助教諭生活を中断し学校生活に戻ったのである。この1年間は,廃止される旧制高校で次年度新生大学に行くという前提もあったが、福田中学校での教育現場の空気も忘れがたく再び教育現場へ帰ろうという気持ちもなくはなかった。未だ戦後の空気の漂う東京で家庭教師などのアルバイトで学資を稼ぎ相変わらず゛文化団体に脚を入れて動き廻っていた。新生の大学入試時期になり、新たな担任金子武雄教授から言われたことは、東京や東北の大学は無理のようだ九州に行き給えということであった。そうしようかと思って父親に相談したところ私の兄が未だ戦地から帰国していなくて、この年老いた親を残して九州へいくのかと言われ,心に残っていた福田中学校への道を決めた。

 

再就職も相変わらずの教師不足が続いていて,何無く福田中学校へ再就職出来た1年生の時に一緒だった 3年生の学級担任になった。古谷武雄さんは既に他校へ移っていたが,根本隆さんはいた。相変わらずの文学談義が続いた。校長は替わっていていかにも教育者然とした人であった。社会変革の気運が身についている私と新たな校長の間には,すきま風が吹いた。卒業式を終え4月に入った時、始めて校長から松戸の千葉県教育委員会東葛地方出張所に行けと言われた。何事かと出張所に行くと「貴方は4月16日付けで鎌ヶ谷町の鎌ヶ谷中学校へ転勤せよ」という辞令を受けた。驚いたが仕方がないと鎌ヶ谷中学校へ行く準備を整えた。